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東京地方裁判所 昭和28年(ワ)8639号 判決 1956年10月06日

原告 加島平吉

被告 小林鉄蔵 外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告小林鉄蔵は原告に対し、東京都千代田区神田材木町九番地の一、宅地百五十三坪一合八勺(別紙<省略>図面中黒斜線の部分)のうち三十一坪二合五勺(別紙図面中赤斜線の部分)を引渡せ。被告大林清造は原告に対し右三十一坪二合五勺をその地上に存する金物類を収去して明渡せ。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、

その請求原因として

(一)  請求の趣旨第一項に掲げる宅地百五十三坪一合八勺は、もと東京都千代田区神田材木町九番地の一宅地二百三十八坪三合一勺の一部に当り、同宅地二百三十八坪三合一勺は訴外天野源七の先代の所有するところであつたが、同人は、そのうち請求の趣旨第一項に記載する三十一坪二合五勺(以下本件土地という。)を、被告小林鉄蔵の先々代に対し、普通建物所有の目的で期限の定めなく賃貸(賃貸の年月日は不詳)していた。

その後右賃貸借契約の当事者双方につき家督相続が開始し、昭和二十二年七月三十日当時においては訴外天野源七が所有者で賃貸人、被告小林鉄蔵が賃借人であつたところ、原告は、右同日訴外天野源七より、当時既に本件土地外二筆の土地に分筆されていた前記宅地百五十三坪一合八勺を買受けてその所有権を取得し、同日各所有権取得登記を経由し、被告小林鉄蔵に対する右賃貸借契約上の賃貸人としての権利義務を承継するに至つたのである。

(二)  ところが被告小林鉄蔵は、昭和二十五年十二月頃、原告に無断で、本件土地を被告大林清造に転貸した。

そこで原告は、被告小林鉄蔵に対し昭和二十八年八月三日附内容証明郵便をもつて、右無断転貸を理由として賃貸借契約を解除する旨の意思表示を発し、右は同日被告小林鉄蔵に到達したから、同日限り前記賃貸借契約は解除されたのである。

(三)  しかるに被告小林鉄蔵は、依然本件土地の占有を継続して賃貸借契約の終了に基く原状回復義務を履行せず、又被告大林清造は、原告に対抗し得る何等の権原を有することなく、現に本件土地を鋼材その他の金物類の置場に使用して原告の本件土地に対する所有権を侵害しつつある。

(四)  よつて原告は、被告小林鉄蔵に対しては賃貸借契約の終了を原因として本件土地を引渡すべきことを、被告大林清造に対しては所有権に基き同被告が本件土地上に存置する金物類を収去して本件土地を明渡すべきことを請求するものである。

と述べ、

被告等の主張に対し

(一)(1)  被告小林鉄蔵が本件土地につき地上権を有することは否認する。

(2)  仮に被告小林鉄蔵が訴外天野源七において本件土地を所有していた当時本件土地に地上権を有したとしても、その登記もなく、原告が右地上権の承継を明示的には勿論黙示的にも承諾したこともなく、その他被告小林鉄蔵が右地上権をもつて原告に対抗し得る事由は全然存しない。

もつとも原告が被告小林鉄蔵から昭和二十二年八月分から昭和二十六年十二月分までの本件土地の地代(但し賃料として)の支払を受けたことはあるが、このために原告が右地上権の承継を承諾したものとなし得ないことは当然である。又被告小林鉄蔵がかつて本件土地上に建物を所有しており、その建物が戦災により焼失したことは争う。

(二)  本件土地を被告小林鉄蔵から転借した者が被告大林清造であることは上述のとおりであるが、本件土地の転借人が被告大林清造から訴外合資会社大林商店に変更されたこと及び原告が被告小林鉄蔵の本件土地の転貸について黙示的にせよ承諾を与えたことは否認する。

と述べ、なお、被告小林鉄蔵が本件土地の上に関東大震災当時まで原告主張の頃建築にかゝる木造建物を所有していたこと及びその建物が震災により焼失したことは認めると答えた。<証拠省略>

被告小林鉄蔵及び同大林清造各訴訟代理人は、いずれも「原告の請求を棄却する。」

との判決を求め、

原告主張事実中、本件土地がもと訴外天野源七の先代の所有であつたこと、訴外天野源七が家督相続により本件土地の所有権を承継したこと、原告がその主張の日時本件土地を訴外天野源七から買受けてその所有権を取得しこれが登記を経由したこと、被告小林鉄蔵の先々代から被告小林鉄蔵に至る家督相続のあつたこと及び原告主張の日時に原告主張の如き内容証明郵便による契約解除の意思表示が被告小林鉄蔵に到達したことは認める。

と述べ、

被告小林鉄蔵訴訟代理人は

(一)  被告小林鉄蔵は、本件土地を地上権に基いて占有しているものである。

即ち本件土地は、天保三年中被告小林鉄蔵の祖父が当時の所有者との契約に基き使用収益を始めて以来被告小林鉄蔵に至るまでその使用収益が続けられて来たのであるが、その間明治三十三年法律第七十二号地上権に関する法律の施行により、当時本件土地を建物所有のため使用していた被告小林鉄蔵の先代は本件土地の地上権者と推定されるに至つたのである。

その後、原告は、訴外天野源七から本件土地の所有権を取得したのであるが、(1) その際原告、訴外天野源七及び被告小林鉄蔵の三者間の合意により、原告は、当時被告小林鉄蔵が本件土地に有していた地上権の設定者としての権利義務を承継したのである。(2) 仮に右承継の合意が認められないとしても、原告は、本件土地の所有権を取得した後、被告小林鉄蔵より昭和二十二年八月分から昭和二十六年十二月分までの本件土地の地代を異議なく受領していた(爾後の地代は、原告においてその受領を拒絶したので、被告小林鉄蔵において供託を続けている。)のであるから、原告は右地上権設定者としての権利義務を承継することを暗黙に承諾したものといわねばならない。(3) 仮に右暗黙の承諾が認められないとしても、被告小林鉄蔵が右地上権に基き本件土地の上に所有していた建物は、太平洋戦争中戦災により焼失したところ、原告は、昭和二十二年七月三十日本件土地の所有権を取得したのであるから、罹災都市借地借家臨時処理法第十条の規定により、被告小林鉄蔵が右建物罹災当時から引続き本件土地に対して有する地上権をもつて対抗される(戦災前右罹災建物には被告小林鉄蔵のための所有権取得登記は経由されていなかつたのであるが、同法第十条による借地権の対抗力は罹災建物の登記の有無により消長を来すものではない。)のである。

ところで被告小林鉄蔵は、本件土地を被告大林清造が代表社員をしている訴外合資会社大林商店に材料置場として賃貸したことはあるが、被告大林清造個人に本件土地を使用収益させたことはないのである。しかしながら、叙上の如く被告小林鉄蔵は、本件土地に地上権を有するのであるから、本件土地の所有者である原告の承諾なくして自由にこれを他に賃貸することができるのである。従つて、被告小林鉄蔵が本件土地を被告大林清造に無断転貸したことを理由として原告においてその主張の如く契約解除の意思表示をしたとしても、被告小林鉄蔵の本件土地に対する地上権には何等の影響をも及ぼし得ないものである。

(二)  仮に被告小林鉄蔵が本件土地に地上権を有することが認められず、本件土地を原告から賃借しているに過ぎないものと解されるとしても、原告が被告小林鉄蔵の被告大林清造に対する無断転貸を理由としてした賃貸借契約解除の意思表示は、以下に述べるとおり無効である。即ち、

(1)  被告小林鉄蔵は本件土地を被告大林清造が代表社員をしている訴外合資会社大林商店に材料置場として使用収益させたことはあるが、被告大林清造に本件土地を転貸したことのないことは前述のとおりであるから、原告の右解除の意思表示は既にこの点のみからいつても失当であるのみならず、上述にかゝる訴外合資会社大林商店の本件土地に対する使用収益が被告小林鉄蔵と右会社との間の転貸借と解されるとしても、被告小林鉄蔵は、同会社から権利金等を受取つたことは勿論なく、且つ被告小林鉄蔵の請求により同会社は直ちに本件土地を明渡す約定の下に一時その使用を許容したに止り、本件土地は現に右会社が材料置場として使用しているが、その現状は空地と選ぶところがない。かくの如き事情にある以上、右転貸は原告に対して何等特別の損害を与える訳のものでもなく、被告小林鉄蔵は右転貸により原告に対し格段の不信行為をあえてしたものでもないから原告においてたとえ被告小林鉄蔵の訴外合資会社大林商店に対する本件土地の転貸を捉えて賃貸借契約を解除する意思表示があつたとされるとしても、右の如き事情による転貸を理由とする解除は到底許されないのである。

(2)  仮に右主張が認められないとしても、原告は右転貸について黙示の承諾を与えたのである。即ち、原告は、本件土地の隣地に居住しているのであるが、訴外合資会社大林商店が本件土地を被告小林鉄蔵から転借して材料置場として使用し始めた後十七、八回に亘り、同会社から本件土地上に集積されていた鉄材を購入したことがあるので、右転貸借のあつたことは知悉していたものであるところ、これに対してかつて異議を述べたこともないばかりか、被告小林鉄蔵から昭和二十六年七月分までの地代を異議なく受領していたのであつて、かかる事実は、原告が右転貸について暗黙のうちに承諾を与えていたことを示すに外ならないものといわねばならない。さすれば右転貸が原告の承諾を得ないものであるとして原告のした賃貸借契約解除の意思表示の無効であることは、多言を要しないところである。

と述べ、なお、被告小林鉄蔵は関東大震災当時まで本件土地の上に慶応三年頃建築にかかる木造建物を所有していたところ、この建物は右震災により焼失したものであると釈明し、

被告大林清造訴訟代理人は、被告大林清造が被告小林鉄蔵との契約に基き本件土地を使用収益していたことは事実であり、仮にこの使用収益が原告の主張するとおり転借に当るものであるとしても、昭和二十七年六月一日被告小林鉄蔵との合意により転借人を被告大林清造から同被告が代表社員である訴外合資会社大林商店に変更したものであつて、爾来被告大林清造は本件土地を占有せず、右会社がその営業にかかる商品たる金物類の置場に使用しているのであるが、原告が被告小林鉄蔵の叙上転貸を理由として原告と被告小林鉄蔵との間の本件土地賃貸借契約解除の意思表示をしても、その無効であることは、被告小林鉄蔵の主張するとおりであるから、この主張を援用する。と述べた。<証拠省略>

理由

一、本件土地の所有権がもと訴外天野源七の先代に属したところ、訴外天野源七が家督相続によりその所有権を承継したこと及び原告が昭和二十二年七月三十日売買により訴外天野源七から本件土地の所有権を取得し同日その登記を経由したことは、本件当事者間に争いがなく、被告小林鉄蔵の先先代当時から同人と当時の本件土地所有者との間に本件土地を被告小林鉄蔵の先先代において建物所有の目的で使用することを内容とする契約関係が存し、この契約に基く使用権が家督相続により被告小林鉄蔵の先代を経て同被告に承継せられたこと(右使用権が地上権であるか賃借権であるかは、ここではしばらく別とする。)については、本件当事者の主張が合致しているのである。

二、被告小林鉄蔵が右に述べた如く本件土地について有する使用権の性質について、原告はこれを賃借権であると主張するのに対し、被告等は地上権であると抗争するので、以下この点について考えてみる。

(一)(イ)  成立に争いない甲第一号証及び証人天野源七の証言並びに本件弁論の全趣旨を綜合すると、本件土地は、明治二十八年五月七日当時には、東京市神田区材木町九番地宅地百四十四坪五合三勺の一部であつたが、その後この宅地は、昭和三年三月十九日合筆により同所同番地宅地四百五十坪四合五勺、昭和五年三月二十八日土地区画整理のため同所同番地宅地三百九十五坪四合二勺、昭和二十二年三月十二日分筆により東京都神田区材木町九番地の一宅地二百三十八坪三合一勺、同年六月二十七日再び分筆により東京都千代田区神田材木町九番地の一宅地百五十三坪一合八勺となつたのであるが、前叙のうち本件土地が当初からその一部に属していた東京市神田区材木町九番地宅地百四十四坪五合三勺は、訴外天野源七の先先代が明治二十八年五月七日売買により当時の所有者(氏名不詳)からその所有権を取得したところ、大正元年八月九日訴外天野源七の先代が、ついで同訴外人がいずれも家督相続により(訴外天野源七の家督相続の日時は不詳)その所有権を承継したものであることが認められ(叙上の事実中本件土地が訴外天野源七の先代の所有に属し、同訴外人が家督相続により本件土地の所有権を承継したことは、本件当事者間に争いがない。)、

(ロ)  成立に争いのない乙第二、三号証及び被告小林鉄蔵の本人尋問の結果によると、被告小林鉄蔵の先代は、天保十三年七月二十五日出生し、大正六年十一月二十七日死亡し、被告小林鉄蔵がその家督相続をしたことが認められ(右家督相続の事実自体は本件当事者間に争いがない。)、

(ハ)  更に証人小笠原義雄、同吉田重晴及び同吉田なをの各証言並びに被告小林鉄蔵の本人尋問の結果を綜合するときは、被告小林鉄蔵の先先代であるか先代であるかは明らかでないが、そのうちのいずれかが明治三十年四月十六日(同年法律第七十二号地上権ニ関スル法律の施行期日)前から本件土地を建物所有のために使用していたことを認めることができる(本件土地の上に慶応三年頃建築された木造建物が大正十二年九月一日の関東大震災の際に焼失するまで存在し、且つその建物の所有権を被告小林鉄蔵が家督相続により承継したことは、原告においても争わないところである。)のであつて、

前記(イ)乃至(ハ)の認定に反する証拠はない。

(二)  してみると被告小林鉄蔵の先先代又は先代は、地上権ニ関スル法律の施行により、反証のない限り本件土地に建物所有のための地上権を有したものと推定すべきであるところ、この推定を覆すべき証拠は全然存しないのである。

(三)そうだとすると被告小林鉄蔵は、家督相続により本件土地につき地上権を取得したものというべきである。

三、そこで次に被告小林鉄蔵が右地上権をもつて原告に対抗し得るか否かにつき検討する。

(一)  この点につき被告小林鉄蔵は、原告の明示若しくは黙示の承諾による地上権の承継又は罹災都市借地借家臨時処理法第十条の規定を論拠とする地上権の対抗を主張するのであるが、被告小林鉄蔵は、本件土地の上に大正十二年九月一日の関東大震災当時まで木造建物を所有していたところ、この建物が右震災により焼失した旨釈明し、右釈明事実は原告も認めるところであるので、被告小林鉄蔵の原告に対する前記地上権の対抗力の有無に関する問題について被告小林鉄蔵の前示主張の当否を判断するより前に、上掲本件当事者間に争いのない事実を基礎として借地借家臨時処理法(大正十三年法律第十六号)第七条の規定により右地上権の対抗を認める余地がないか否かを考察してみることとする。同条は、「借地ノ上ニ存スル借地人ノ建物カ大正十二年九月ノ震災ニ因り滅失シタル場合ニ於テハ其ノ借地権ハ借地権ノ登記及其ノ土地ノ上ニ存スル建物ノ登記ナキモ之ヲ以テ大正十三年七月一日以後其ノ土地ニ付権利ヲ取得シタル第三者ニ対抗スルコトヲ得」と規定していたのであつて、被告小林鉄蔵の本件土地に対する地上権に関しては同条の規定が適用されるべき事情にあつたものであるけれども、借地借家臨時処理法は、罹災都市借地借家臨時処理法の施行に伴い、昭和二十一年九月十五日限り廃止されたので、借地借家臨時処理法第七条の規定によつて地上権に与えられていた地上権の対抗力は、右日時以後に当該土地について権利を取得した第三者には及び得ないこととなつたのであるが、既に述べたとおり原告が訴外天野源七から本件土地を含む宅地の所有権を譲受けたのは、昭和二十二年七月三十日であるから、罹災都市借地借家臨時処理法の施行後すなわち借地借家臨時処理法の廃止後であることが明らかであるので、その時まで被告小林鉄蔵の本件土地に対する地上権に備わつていた対抗力は原告には及ばないものといわなければならない。

(二)  それで更に進んだ被告小林鉄蔵の主張するような理由によつて同被告が本件土地についての地上権を原告に対抗し得るか否かにつき判断することとする。

(1)  被告小林鉄蔵のこの点に関する主張は、まず第一に、原告は訴外天野源七から本件土地の所有権を取得するに当り右両名及び被告小林鉄蔵の三者間の合意により訴外天野源七の被告小林鉄蔵に対する地上権設定者としての権利義務を承継したというにあり、原告が訴外天野源七と被告小林鉄蔵との間の本件土地の使用関係における訴外天野源七の権利義務を承継したことは、原告の認めるところであるが、原告は右土地使用関係を賃貸借契約によるものとして訴外天野源七の賃貸人としての権利義務を承継したとするものであるから、原告が右の如く自認したことをもつて、被告小林鉄蔵の主張するように合意による原告の地上権設定者としての権利義務の承継があつたとは到底解せられず、他に右主張を肯定し得る資料は存在しない。

(2)  次に被告小林鉄蔵は、原告において叙上の如き地上権設定者の権利義務の承継を暗黙に承諾した旨主張し、被告小林鉄蔵の立論の根拠とする、原告が本件土地の所有権を取得した後昭和二十二年八月分から昭和二十六年十二月分までの本件土地の地代を被告小林鉄蔵から受領した(但し賃料として)事実は、原告の争わないところであるけれども、本件で取調べられたすべての証拠によつても、原告において被告小林鉄蔵が本件土地につき地上権を有することを知りつつ叙上のように地代を受取つていたことは認められず、その他原告が被告小林鉄蔵に対する地上権設定者としての権利義務を訴外天野源七から承継することを暗黙のうちに承諾したことを窺知させる資料は一つもないので、原告と被告小林鉄蔵との間に前叙のような地代の授受があつた一事から被告小林鉄蔵の右主張を是認することはできないのである。

(3)  最後に被告小林鉄蔵は、罹災都市借地借家臨時処理法第十条の規定により本件土地の地上権をもつて原告に対抗し得ると主張するのである。証人吉田なをの証言及び被告小林鉄蔵の本人尋問の結果によると、被告小林鉄蔵は、関東大震災により本件土地上の建物が焼失した後昭和四年頃本件土地の上に建物を再築して所有していたところ、右建物は昭和二十年二月二十五日戦災で焼失したことが認められ、この認定を左右する証拠はない。ところで、本件土地に対する被告小林鉄蔵の地上権について登記が経由されていなかつたことは本件弁論の全趣旨に照らして明らかであり、又右罹災建物について被告小林鉄蔵のため所有権取得の登記がなされていなかつたことは、被告小林鉄蔵の自認するところである。しかしながら罹災都市借地借家臨時処理法第十条の規定による罹災建物の敷地の借地権の対抗力は、罹災建物について罹災前に登記が存したか否かにより左右されるものではないと解するのが相当である。けだし、(イ)同条はその文理上からしても、罹災建物の登記の有無により、その敷地の借地権の対抗力に区別を設けたものとは到底解し得られないばかりでなく、(ロ)建物保護ニ関スル法律が建物の所有を目的とする地上権又は賃借権(以下借地権と総称する。)一般につき対抗力の拡充を図り、殊に借地借家臨時処理法、戦時罹災土地物件令及び罹災都市借地借家臨時処理法等により、非常の災害のため、借地権者が借地の上に所有する建物が滅失した場合における借地権の対抗力に関して借地権者保護の措置が講ぜられて来た立法の経過に顧み、(ハ)罹災都市借地借家臨時処理法が借地借家臨時処理法及び戦時罹災土地物件令を廃止し、これにより、借地借家臨時処理法がその第七条において震災による滅失建物の敷地の借地権の対抗力について、戦時罹災土地物件令がその第六条において戦争に起因する災害による滅失建物の敷地の借地権の対抗力についてそれぞれ与えていた救済方法を除去しながら、その経過的措置について何等の規定も設けず(被告小林鉄蔵の本件土地に対する地上権が従来借地借家臨時処理法第七条の規定によりその対抗力について保護を受けていたことは、前述したとおりであり、又これについて戦時罹災土地物件令第六条の規定の適用があつたことも疑の余地のないところである。)、罹災建物の敷地の借地権の対抗力を保護するための規定としては、たゞわずかに第十条一箇条を置いて、罹災建物が滅失した当時から引続きその建物の敷地に借地権を有する者は、その借地権の登記及びその土地にある建物の登記がなくても、その借地権をもつて、昭和二十一年七月一日から五箇年以内に限り、その土地について権利を取得した第三者に対抗することができる旨規定して、戦災により滅失した建物の敷地について借地権を有する者の地位の安定を図ろうとした立法趣旨に鑑みるときは、罹災建物に登記を経由していた借地権者と、これを保護することの必要性において毫も右のような借地権者と異るところのあるべきはずのない、罹災建物につき登記を有しなかつた借地権者との間に、その借地権の対抗力につき法律が別異の取扱をしたものとは到底考えられないのである。(二)殊に罹災都市借地借家臨時処理法第二条及び第三条の規定により、罹災建物が滅失した当時におけるその建物の借主に対して優先取得の道が開かれた建物敷地についての賃借権は、その優先性の故に特別の対抗要件の具備を要しないで、当然第三者に対抗することができることが判例法上確立されたことに対比しても、上記のような解釈の正当であることが十分に論証されるのである。

さすれば被告小林鉄蔵は、本件土地の地上権をもつて、本件土地の所有権を訴外天野源七から取得した原告に対抗し得るものというべきである。

四、ところで原告が、被告小林鉄蔵と原告との間に本件土地につき賃貸借契約が存するものとし、同被告において被告大林清造に本件土地を無断転貸したことを理由として、昭和二十八年八月三日附内容証明郵便をもつて被告小林鉄蔵に対し右賃貸借契約を解除する旨の意思表示を発し、それが同日被告小林鉄蔵に到達したことは、本件当事者間に争いがないけれども、被告小林鉄蔵が本件土地を使用する権原は賃借権ではなく地上権と認めるべきであることは、前に説示したとおりであるばかりでなく、そもそも地上権者はその目的たる土地を地上権設定者の承諾を得ないで賃貸することができるのであるから、仮に原告の主張するとおりの被告小林鉄蔵による無断転貸の事実があつたとしても(この場合においても転貸ではなく地上権者による賃貸と解すべきであるが)、原告が被告小林鉄蔵に対してした右契約解除の意思表示により原告の本件土地に対する地上権にはいささかの消長をももたらすものではないことは明白である。

五、しからば被告小林鉄蔵は、原告に対し依然本件土地につき地上権を有することを主張し得るものというべく、従つて被告小林鉄蔵に対する原告の請求は爾余の争点につき判断するまでもなく理由がないものというべきである。

六、原告は、被告大林清造が現に本件土地を占有中であると主張するところ、被告大林清造が本件土地を被告小林鉄蔵から賃借し、昭和二十七年五月末日まで本件土地を占有していたことは、被告大林清造の認めるところである(もつとも被告小林鉄蔵は、同被告と被告大林清造との間にかつて本件土地につき賃貸借があつたことを争つている。)。しかしながら被告大林清造の本人尋問の結果により成立の真正を認め得る乙第一号証に証人岩間英峻及び同大林信行の各証言並びに被告大林清造の本人尋問の結果を綜合するときは、右賃貸借契約における賃借人は、昭和二十五年七月四日頃賃貸人である被告小林鉄蔵と賃借人であり同時に訴外合資会社大林商店の代表社員である被告大林清造との合意により、被告大林清造から右訴外会社に変更され、爾来同会社において本件土地をその営業にかかる鋼材類の置場として占有していることが認められるのである。この認定に牴触する原告の本人尋問の結果は措信することができず、甲第二号証の記載によつても右認定を飜すに足りない。他に右認定を動かし得る証拠はない。しかも訴外合資会社大林商店が右の如く本件土地を占有しているのは、上来判示したところに徴して、本件土地の地上権者である被告小林鉄蔵からこれを賃借していることによるものであることが明らかであるから、被告大林清造に対する原告の請求もまた失当であるといわなければならない。

七、よつて原告の本訴請求をすべて棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 桑原正憲 吉江清景 高野耕一)

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